ランナーのためのランニング障害SOS

まつだ整形外科クリニック

痛みについて(応用編)

2017年9月4日

こんにちは、熊谷市のまつだ整形外科クリニック 理学療法士の法貴です。

今回は前回の続きになります。

痛みの応用編ということで、新しくわかってきたメカニズムや最新のトピックスをみていきましょう。

痛みはあくまでも感覚です。

ヒトの体に危害を加えるような刺激から体を守る防御反応だといえます。

なので、痛みを感じなくなってしまうと危険が迫っていることを察知できないことになり非常に危険です。

筋肉、腱、関節からの痛み刺激がうまく伝わらなくなった状態で、ランニングなどスポーツを行うと人間は体が壊れるまで運動を続けてしまうことでしょう。

痛みを感じてつらい、やる気が起きなくなる、といった気持ちになるのも、一旦運動をやめて体を休ませるための一つの反応ともいえます。

ただし痛みがもたらす様々な反応が、スポーツではパフォーマンスを落とすことにもつながります。

痛みの仕組みを理解してうまく対処していくことも必要になります。

その対処の一つとして痛みを抑えるシステムがあります。

下行性疼痛抑制系

痛みを抑えるシステムで、ヒトに生まれつき備わっているものです。

いくつかのシステムが発見されていて、まとめて下降性疼痛抑制系といいます。

1969年、Raynoldsは開腹手術をする際に中脳中心灰白質(PAG)という部位を電気刺激したところ、痛みの反応が出なかったことを報告しました。

下行性疼痛抑制系はここから研究が本格的にされるようになっていきます。

主にノルアドレナリンやセロトニンといった神経伝達物質が関係しており、ニューロンから内因性オピオイド*が放出されることで痛覚を伝えにくくする働きをします。

医療用にモルヒネ(内因性オピオイドの一種)などを使用して痛みを抑えることがありますが、これも下降性疼痛抑制系の仕組みを利用したものだといえます。

*:内因性オピオイドについては「ランナーズハイ」もご参照下さい
記事はこちら>>ランナーズハイ

ゲートコントロール説

痛いところを押えたり、撫でたりすると痛みが軽減する、といったことはよくあります。

ゲートコントロール説はこういった現象を説明するための説として有名です。

1965年にRonald MelzackとPatrick wallによって発表されました。

脊髄にはいろいろな皮膚や内臓、筋肉など末梢から刺激が入ってきます。

感覚情報が入ってくる痛覚のニューロンと触覚のニューロンの間に短い抑制性介在ニューロンというものがあります。

痛覚のみが刺激される場合は抑制性介在ニューロンは興奮しませんが、触覚も同時に刺激されると、この抑制性介在ニューロンが活性化して結果として痛覚のニューロンが抑制されます。

どちらかが優先され、片方のゲートが開くことで、もう片方のゲートは閉じる。これをゲートコントロール説といいます。

では、ここからは近年注目されている痛みの理論についてみてみたいと思います。

ニューロマトリックス理論

これはRonald Melzackがゲートコントロール説を超える説として提唱している理論です。

この中でMelzackは「脳は身体がなくても身体を感じ、知覚経験を作り出すことができる」「外傷がなくても痛みを感じ、外傷があっても痛みを感じないことがある」といったことを言っています。

少し難しいですね。簡単にかいつまんで説明してみます。

これは病気やケガで手足を切断した方が、ないはずの手足に痛みを感じる、という現象(幻肢痛)を解明するために脳の働きを研究したものです。

この理論によると、脳の中には体の「地図」が生まれつきあります。

視覚などからの様々な情報をもとに日々この地図が書き換えられています。

慢性的な痛みを抱える人はこの地図にズレ、歪みが出てしまうようなのです。

この理論によると、組織に損傷がなくても動きと感覚にズレがあることで痛みが頭の中で作り出されてしまうことがある、とのことなのです。このことは様々な実験から検証されています。

例えば、慢性腰痛の方が体を反るようにすると、実際に行う前にイメージした反る量と実際に運動した結果でズレが大きくなると報告されています。

慢性腰痛はレントゲンなどいろいろな検査をしても明らかな異常がみつからないこともあり、こういった痛みは脳が深く関係している可能性があります。

では、ランニング障害とはどのような結びつきがあるでしょうか。ニューロマトリックス理論の観点から、ランニング中の腰の痛みについて考えてみましょう。

例えば、紹介した実験に出てきたように、慢性腰痛を抱えながら走っている方がいるとしましょう。

実際には仕事で重いものを持ったときや長時間のデスクワークなどが原因で腰痛を引き起こされた場合でも、その治癒が長引いて慢性腰痛になってしまうと、脳の中の地図が書き換えられてしまいます。

それによって自分が頭の中の地図を元にイメージするランニングフォームと、実際に走っているときのフォームに違いが出てきてしまいます。

その動きのズレが認識されてしまうと、たとえランニング中に腰がストレスを受けていなくても腰痛を感じてしまうことがある、ということになります。

言い換えれば頭の中で腰の痛みを「作り出してしまう」ことになります。

こういった痛みはフォームの修正をより複雑に、難しくしてしまいます。

ランニング中の痛みでなくても、できればこういった慢性的な痛みは早めになくすようにしたいですね。

今回取り上げた痛みについての研究は日々更新されています。

つまり、まだわかっていないこともたくさんある、ということになります。

世界中で研究が進むことでもっとはっきりしてくる事柄もあるでしょう。

はじめにも少し触れたように、痛みという身体・脳からのサインをうまく付き合っていくことが、ランニングを長く、楽しく続けるコツなのではないでしょうか。

参考:理学療法MOOK16 脳科学と理学療法

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