呼吸について
2017年10月16日
こんにちは、熊谷市のまつだ整形外科クリニック 理学療法士の法貴です。
前回は腕の振りについて、マラソンに適した腕の振りはどういったものか考えてみました。
今回は腕の振りとも関連が深い、「呼吸」についてみてみましょう。
マラソンのような持久性の高い競技における呼吸の重要性がわかってくるはずです。
有酸素運動と無酸素運動
走るためにはエネルギーが必要ですが、エネルギーの作り方には大きく分けて無酸素と有酸素の2つの方法があります。
大ざっぱにいうと大きなパワーを瞬時に出すときは無酸素、長時間にわたってパワーを出し続けるときは有酸素、となります。エネルギー源は無酸素ではグルコース(糖質)、有酸素では脂肪酸を使います。
ダイエットに有酸素運動が良いというのは、エネルギー源として体内に蓄えられている脂肪を使うので、脂肪燃焼作用が大きいためです。
ランニング・ジョギングは後者の有酸素運動の代表的な競技とも言えるでしょう。
ただし、長距離を走るマラソンともなると有酸素運動と無酸素運動が混じってきます。
20km、30kmと距離が伸びてもずっと楽に呼吸をしながら走っていられる人は少ないでしょう。
だんだんと呼吸が浅くなり回数も増えてきます。
この状態では酸素は不足している状態になって、有酸素で脂肪酸からエネルギーを取り出す方法だけでは限界に近づいてきます。
しかし走り続けるにはエネルギーが必要です。
そうすると無酸素でグルコースからエネルギーを取り出す方法を使い始めます。
マラソンではうまく両者を使い分けながら長距離・長時間を走りぬくことになるわけです。
呼吸のリズム
酸素をくまなく体に行き渡らせるために効率の良いリズムで呼吸をすることが大切です。
これは人によって違うので、これがいいということはありません。
「スースーハーハー」と2回吸って2回吐くのが良い、と私は小さい頃に習った気がしますが、これにこだわる必要はないようです。むしろ吸うのを意識しすぎることで効率が悪くなってしまうこともあります。
その理由を見てみましょう。
肺には機能的残気量というものがあり、どれだけ頑張って息を吐いても完全に肺の中の空気をなくすことはできません。
この機能的残気量が多くなってくると酸素と二酸化炭素の交換を行う量(実質的に使える空気)が減ってしまいます。
胸式呼吸では肺が膨らみ過ぎた状態になり機能的残気量が増えてきます。
腹式呼吸では吸気で横隔膜が下がり、呼気で横隔膜が上がりながら十分な量の息を吐く、つまり機能的残気量を減らすことができるということになります。
これを繰り返すことができれば大きな量の空気から酸素と二酸化炭素を交換することができ、持久力に優れた有酸素運動を長く続けることができます。
腹式呼吸がマラソンには合っている、と言われるのはこういった理由からです。
ただし走りながらこの腹式呼吸を意識的に続けることは難しく、吸う方を意識していると自然と胸式呼吸になり肩回りにも力が入ってしまいがちです。
「しっかり吐ければ勝手に息は入ってくる」と考えた方が、呼吸が浅くならずにより多くの酸素を取り込むことができるでしょう。
この「しっかり吐ける」リズムが腕の振りと関係してきます。
腕の振りなど上半身の動きに合わせたテンポで息を吐くことで無理なく・効率よく吐くことができ、浅い呼吸を防いでくれることになります。
呼吸筋のトレーニング
ではマラソンの後半戦では呼吸はどうなってくるでしょうか。
全身の筋肉が疲労してきて、だんだんとエネルギー不足になってきます。
より多くのエネルギーを作り出そうとして換気量が増えると吸気の時間が長くなり呼吸筋は疲労しやすくなります。
呼吸筋の疲労が強くなると換気不全、つまり十分に酸素と二酸化炭素を交換することが出来なくなり、息苦しさが出てくることにつながります。
ここで「呼吸筋を鍛えれば呼吸もつらくなくなるのでは?」という疑問が湧いてきます。
呼吸筋トレーニングについては以前から様々な研究がされているようですが、結論はまだはっきりとはしません。
最近言われていることとしては、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など肺の病気に対しては呼吸筋トレーニングは有効であると実証されています*1。
しかしマラソンランナーといった健常人に対しての呼吸筋トレーニングは、有効とする人もいれば効果がないという人もいます。
呼吸筋のトレーニングはいくつか方法があり、吸気・呼気に負荷をかけることで呼吸筋を鍛えることは可能です。
ただし肝心なことは呼吸筋を鍛えてマラソンのパフォーマンスが上がるか、ということになります。
東京都健康長寿医療センター研究所の解良は「持久系競技選手への呼吸筋トレーニングは、呼吸筋力や呼吸筋持久力を確かに高めるのだが、持久性体力や長距離走の成績は必ずしも向上させるわけではないようだ*2」と言っています。
まだ研究自体も少なくデータが不十分といえるようですが、いずれにしても病気で肺そのものが変性している場合ほどの効果は期待できないようです。
今後も研究が進みマラソンランナーの皆さんにも参考になる新しいトレーニング方法が開発されるといいですね。
参考:
*1:塩谷ら、呼吸筋トレーニングのエビデンスと新展開、日本呼吸ケア‐リハビリテーション学会、2016年
*2:解良ら、呼吸筋トレーニングによる持久性能力向上の可能性、理学療法科学、2009年